魚かすを用いた海域施肥実験(第1報)
吉良 道子(増毛漁業協同組合)
竹内 廣中(増毛漁業協同組合)
吉野 大仁(株式会社ドーコン)
1.はじめに
増毛町は北海道留萌支庁の南端に位置する人口6,400人の町である。増毛町の町名の由来は、 鰊が群来ると海一面にかもめが飛ぶことから、アイヌ語で「かもめの多いところ」という意味の 「マシュキニ」または「マシュケ」が転じたものであるといわれている。
増毛町は明治以降、漁業を中心とした産業が発展し、特にニシンでは千石場所 として繁栄した。現在でも町の基幹産業は漁業であり、平成 11年の総漁獲量は2,566トン、漁獲高は13.6億円である。
2.施肥実験の経緯
増毛漁業協同組合には、ウニ、アワビ漁業に依存している浅海漁業者は全組合員の 60%以上を占めているが、近年の慢性的な魚価安や磯焼け現象による漁獲量の減少など漁業を 取り巻く環境は厳しく、漁家の経済を圧迫している。特に、無節サンゴ藻が優占してコンブ等の 大型海藻が消失する磯焼け現象は、北海道日本海側では深刻な問題となっている。
一方、増毛水産加工組合では加工場から出る魚の内臓などを微生物を用いて大型 生ゴミ処理機で分解処理している。目的はあくまで生ゴミの処理であるが、 100%発酵魚かすであるため、これを汀線付近に埋設し、磯焼けに覆われた貧栄養の海に人工的に栄養を与えよう とする試みを平成10年より古茶内海岸で開始した。
平成10年からの施肥の状況を表-1にまとめ、投入位置を図-2に示した。
表−1 魚かす投入状況
項 目 |
平成10年 |
平成11年 |
平成12年 |
投入規模 |
2,500kg |
7,500kg |
6,400kg |
投入時期 |
9月25日 |
10月12日 |
11月23日 |
実施方法 |
25kg/カマス1袋 100袋投入 L=75m(1列) D=1.5m(埋設) |
50kg/カマス1袋 150袋投入 L=85m(2列) D=1.5m(埋設) |
40kg/カマス1袋 160袋投入 L=50m(2列) D=1.0m(埋設) |
水質測定個所 | 1個所 | 該当区1個所、対照区1個所 | |
水質測定回数 | 1回/月 |
3.魚かすの成分
増毛町内の水産加工場から出る残渣は、新鮮なうちに魚かす製造センターへ運び込まれ、 蒸気で蒸して適当な温度状態に保持したうえで、魚の分解に適した好気性の発酵微生物を添加して一昼夜撹拌する。 撹拌された魚かすは、原形をとどめることなく粉末状となる。
魚かすの溶出試験では、水銀、カドミウム、鉛、有機リン、六価クロム、ヒ素又はその化合物の分析値は、 いずれも金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準を定める総理府令 (S48.2総理府令5号)の基準値以下であった。 また、この魚かすの成分は表-2に示すとおりである。
表−2 魚かすの成分
分析項目 |
単位 |
分析結果 |
分析方法 |
水分 |
% |
10.5 |
― |
有機物含量 |
% |
87.0 |
強熱減量 |
全窒素(N) |
〃 |
5.2 |
水蒸気蒸留 |
全リン酸(P203) |
〃 |
2.8 |
パナドモリブデン酸法 |
全カリ(K20) |
〃 |
0.9 |
原子吸光光度法 |
有機炭素 |
〃 |
44.7 |
チューリン法 |
炭素率[C/N] |
― |
8.5 |
計算による |
pH(H20) |
― |
6.0 |
ガラス電極法 |
4.魚かすの埋設
魚かすの埋設にあたっては、廃棄物投棄との関係から海上保安部、北海道と協議を行った。 その結果、魚かすは溶解してなくなるが、それを入れる袋が残らないように化学繊維ではなく カマスを使用することで、埋設の許可を得た。
埋設個所は、カマス中の魚かすがすぐに溶出しないように、また波にさらわれないように海岸保全施設の背後 のH.W.L付近とした。(図-3、図-4参照)。
5.追跡調査の実施
1)水質調査
水質調査は、平成10年、11年に投入した個所の前面(St.1)において、 平成12年(2000年)3月27日から採水・分析を開始し、 平成12年10月からは実験区域から約500m離れた場所に対照区を設定した。平成12年11月23日に埋設した後は St.2の調査点を追加して、対照区と合わせて3地点において毎月1回の水質分析を行った(図-5参照)。 分析項目は、硝酸態窒素(NO3-N)、亜硝酸態窒素(NO2-N)、アンモニア態窒素(NH4-N) およびリン酸態リン(PO4-P)である。
2)浅海生物調査
浅海生物調査は、平成13年7月31日から8月2日にかけて実施した。 調査にあたっては、ケン縄を使用して1測線当り、0,10,20,30,40,50,75,100m の8地点においてコドラート採取を行った。測線は、平成11年施設3測線、平成12年施設2測線、 対照区2測線の計7測線である(図-5参照)。
6.調査の結果
1)水質調査
平成12年3月から平成12年9月までの間は、対照区の分析値がないため施肥の効果はわからないが、 硝酸態窒素以外はさほど大きな変化は見られなかった。平成12年11月23日に魚かすをさらに5,000kg投入し、 その後4日、8日、20日後に分析を行った結果が、表-3である。
表−3 魚かす投入後の栄養塩濃度 (単位:μmol/l)
採水日 |
硝酸態窒素(NO3-N) |
亜硝酸態窒素(NO2-N) |
|||||
St.1 |
St.2 |
対象 |
St.1 |
St.2 |
対象区 |
||
01/11/27 |
1.2 |
1.1 |
1.5 |
0.37 |
0.54 |
0.42 |
|
01/12/01 |
0.9 |
1.0 |
1.3 |
0.39 |
0.38 |
0.36 |
|
01/12/13 |
1.8 |
1.7 |
1.7 |
0.50 |
0.46 |
0.39 |
採水日 |
アンモニア態窒素(NH4-N) |
リン態リン(PO4-P) |
||||
St.1 |
St.2 |
対象区 |
St.1 |
St.2 |
対象区 |
|
01/11/27 |
1.6 |
5.2 |
2.9 |
0.48 |
1.33 |
0.42 |
01/12/01 |
2.2 |
5.1 |
2.2 |
0.47 |
0.70 |
0.45 |
01/12/13 |
3.3 |
3.3 |
1.8 |
0.54 |
0.57 |
0.41 |
投入直後にはSt.2地点においてアンモニア態窒素とリン酸態リンで高い濃度を示しており、 施肥の効果と思われるが、硝酸態窒素、亜硝酸態窒素ではSt.1、対照区と変わらない値であった。 投入後20日を経過した時点での濃度はアンモニア態窒素は依然として高い値を示しているが、他の項目は 対照区とほぼ同じ値を示していた。
平成12年3月からの栄養塩の推移をみると、アンモニア態窒素とリン酸態リンの濃度が対照区より 多くなっていることがわかる(図-6参照)。
2)浅海生物調査
浅海生物調査のうち、海藻類の出現状況を示したものが図-7である。調査測線上に出現した浅海生物について、 WilcoxonのU検定を行った。その結果、海藻類の出現種類数で有意な差が認められたが、他の生物では有意な差はなかった。
このため、施肥の効果の及ぶ範囲が汀線付近であると想定してホソメコンブの繁茂していた距岸 30mまでの地点で同様の検定を行った(表-4参照)。
表−4 距岸0〜30mの生物出現状況
種類 |
項 目 |
単位 |
古茶内海岸 |
Wilcoxon 順位和< 検 定 |
|
調査区 |
対照区 |
||||
12地点 |
8地点 |
||||
海藻類 |
出現種類数 |
種 |
7.8 |
5.5 |
○ |
海藻湿重量 |
g/m2 |
2,784.1 |
2,678.3 |
× |
|
ホソメコンブ湿重量 |
g/m2 |
787.8 |
91.1 |
× |
|
ホソメコンブ本数 |
N/m2 |
72.0 |
10.4 |
× |
|
動物類 |
出現種類数 |
種 |
7.5 |
5.8 |
× |
出現個体数 |
N/m2 |
29.5 |
19.8 |
× |
|
動物湿重量 |
g/m2> |
102.0 |
122.2 |
× |
|
エゾバフンウニ |
N/m2 |
0.2 |
0.4 |
× |
|
キタムラサキウニ |
N/m2 |
0.6 |
0.0 |
× |
|
エゾアワビ |
N/m2 |
0.8 |
0.6 |
× |
この結果においても、海藻類の出現種類数については有意な差が認められた。
ここで、施肥の効果を推定すると、本海岸では海藻類の種類数が多く、ホソメコンブがここのみ
に見られたことから、これは施肥による効果と考えることができる。しかし、本海岸は暑寒別川河口に
近く河川水中の栄養塩の関与も考えられる。さらに、海藻類の繁茂は年変動も大きいことから、今後も調査
を継続する必要があると考える。
7.今後の取り組み
1)平成13年の取り組み
増毛漁業協同組合では、平成12年にこれまで 報告してきた古茶内海岸の他に小樽間内海岸においても魚かすの埋設を行った。 さらに、平成13年には「新日本海漁業振興特別対策事業」により、古茶内海岸、小樽間内海岸それぞれに6,000kg (50kg/袋×120袋)を投入するとともに、増毛町単独事業として箸別海岸に1,000kgを投入した。投入後は、 これまでと同様に月1回の栄養塩分析を実施している。
これまでの分析結果から、汀線付近に埋設した場合、波打ち際付近には魚かすからの栄養分は溶出 するが、磯焼け帯までは到達していないと思われる。このため、箸別海岸では「広域型増殖場造成事業」 とリンクする形で、石カゴの中に50kg/袋の魚かすを10袋詰めて、水深1.9mの地点に2基投入した(図-8〜図9参照)。
2)平成14年以降の取り組み
現時点では平成14年、15年についても、表-5に示す規模で魚かすの投入を行うとともに、 栄養塩類の分析も継続する予定である。
表−5 今後の取り組み
項 目 |
平成13年 |
平成14年 |
平成15年 |
投入場所 |
古茶内海岸・小樽間内海岸 |
||
投入規模 |
13,000kg |
19,500kg |
19,500kg |
投入時期 |
11月20,21日 |
9月中旬 |
|
実施方法 |
50kg/カマス1袋 並列 古茶内: L=50m,D=1.5m 小樽間内: L=50m,D=1.0m |
50kg/カマス1袋 並列 古茶内: L=50m,D=1.5m: 小樽間内: L=50m,D=1.0m |
50kg/カマス1袋 並列 古茶内: L=50m,D=1.5m 小樽間内: L=50m,D=1.0m |
水質測定個所 |
該当区 |
||
水質測定回数 |
1回/月 |
8.今後の課題
磯焼けのない豊かな海を取り戻し、浅海漁業者が生き甲斐を持って漁業に従事できるように 3年間にわたり魚かすによる施肥事業を実施してきた。
現時点では十分な効果が得られたとは言い難いが、若干の栄養塩の増加、海藻類の繁茂が認められた。
今後は、点ではなく線として施肥を行うとともに、その溶出状況や溶出の 継続時間などの解析を行っていくことが課題であると考える。
また、汀線付近ばかりでなく、実際に磯焼けに覆われている地帯に石カゴ
や鋼製枠に魚かすを詰めて設置することを計画している。この際、魚かすは時間の経過とともに
溶出してしまうため、これを補給できるシステムについて現在研究中であり、このシステムを
構築することも課題の一つと考えている。
9.謝 辞
増毛漁業協同組合の施肥事業に対する取り組みにあたっては、衰退する 沿岸資源の復活を願う漁業者の理解を得るとともに、栄養塩分析及びその結果に 対するコメントを北海道立稚内水産試験場に、浅海生物調査については社団法人北海道栽培漁業振興公社にお願いした。
さらに、当事業の初期段階より総合的に考察していただいた北海道大学水産学部の松永勝彦教授、 事業を展開する上で様々なアドバイスをしていただいた北海道水産林務部、留萌海上保安部、 増毛水産加工協同組合、増毛土建鰍ネど関係各機関の方々に感謝の意を表する。